公開日:2026/2/12
【将来の売却を見据えて】会社を高く売るためのロードマップ|3年前から始める企業価値向上策
税理士法人オンデック
代表 山田俊輔(公認会計士・税理士・経営心理士)
あずさ監査法人にて、東証一部上場企業の会計監査、上場準備会社の監査、会社買収時のデューデリジェンス業務等を担当。
2010年に独立開業し、税理士法人オンデック公認会計士・税理士事務所と株式会社日本会計サービスを立ち上げ、連結売上1,000億円超の社外取締役や売上数百億円~数億円の会社の取締役、監査役などを務める。2017年には野村證券なんば支店アドバイザリーボードメンバーにも選任。
将来的に会社の売却(M&A)を検討されている経営者にとって、「自社がいくらで売れるのか」ということは大きな関心事ではないでしょうか。
しかし、M&Aにおける企業価値は、決算書の数字だけで機械的に決まるものではありません。
買い手が支払う対価は、これまでの積み重ねである「純資産」に加え、将来の収益性やリスクの少なさを評価した「のれん(営業権)」の合計で算出されます。
そのため、企業価値は短期間で急激に高めることは難しく、数年単位の計画的な準備が必要になります。
ここでは、将来の会社売却において、「3年前から取り組むべき会社を高く売るためのロードマップ」を税理士の視点で解説します。
M&Aにおける「企業価値」の決まり方
M&Aにおける「企業価値」は、企業全体の経済的な価値を客観的に金額で算定したものです。
売り手と買い手が交渉を進める指標となる「会社の値段」とも言い換えられます。
1-1.評価額の基本計算式
非上場の中小企業のM&Aでは「時価純資産+営業権(のれん)」という評価方法がよく用いられます。
これは「コストアプローチ」と呼ばれる手法の一種で、次の2つの要素を合算して算出されます。
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M&Aの現場では、この営業権を「実質的な利益×数年分(一般的には2〜5年程度)」として算出する「年買法(年倍法)」が広く採用されています。
また、近年では「EBITDA(イービットディーエー)」という指標も重視されています。
EBITDAは、営業利益+減価償却費で導き出す指標であり、会社の稼ぐ力を簡易的に把握することができます。
買い手は「EBITDAの何倍で買収費用を回収できるか」という「EBITDA倍率」を投資判断の目安にする場合もあります。
1-2.買い手が見ているのは「過去から現在」と「将来の収益性」
買い手が売り手の会社を評価する際には、過去の業績だけ確認するのではありません。買い手が最も重要視していることは「買収した後に、その収益が持続し、さらに成長するか」という点です。
そのため、M&Aの現場では、第一に対象の会社の過去から現在までの「正常収益力」の分析が行われます。
正常収益力とは、オーナー個人特有の経費や一時的な損益、過大な役員報酬などを除外した「事業そのものが正常に生み出す実力値の利益」のことを指します。
例えば、節税目的で多額の保険料を支払っている場合、その分を利益に足し戻して評価することで、企業価値が高まる可能性があります。
一方で将来の収益性については、買収によって生まれる「シナジー(相乗効果)」や事業の継続性を阻害する「リスクの有無」が評価の対象となります。
買い手は、自社のリソースと対象会社の強みが組み合わさることで「1+1が2以上」になることを期待している場合はプレミアム(上乗せ額)を支払います。
反対に、特定の取引先への過度な依存や属人的な経営はリスクとみなされ、評価を大きく下げる要因になります。
会社を高く売るために取り組むべき施策
企業価値を最大化して会社を高く売るためには、買い手が抱く懸念を払拭して、自社の「強み」を客観的なデータとして提示することが重要です。
2-1.決算書の適正化
M&Aにおいて決算書は「企業の健康診断書」です。
経営者の中には「決算書は税務申告するためのもの」と考えている方もいるかもしれませんが、決算書を適正化することはM&Aで最も重要なポイントです。
経営者個人の私的な費用が含まれていないか、事業に関係のない資産(社用車や遊休不動産など)が含まれていないか、未払残業代や退職給付引当金の計上漏れがないかなどを確認し、企業会計の基準に近い形で決算書の適正化を行いましょう。
透明性の高い決算書は、買収後の統合プロセス(PMI)が容易になるため、買い手にとって魅力的な検討材料となります。
2-2.「社長依存」からの脱却
中小企業において、社長のカリスマ性や広範な人脈が事業を支えている状況は珍しいものではありません。
しかし、M&Aにおいては「社長がいなくなると事業が回らなくなる」状態は大きな問題になります。
企業価値を高めるためには、社長依存からの脱却を進め、組織による経営体制を構築することが重要です。
主要な業務フローの標準化・マニュアル化やノウハウの「見える化」などを行うことで「社長がいなくても利益が出る仕組み」を作り上げましょう。
2-3.簿外債務・法務リスクの整理
買収後、想定外の債務や訴訟リスクが発覚することは、買い手にとって最大の懸念事項です。
貸借対照表上に現れない「簿外債務」や「法的リスク」がある場合には、会社の価値を下げるだけでなく、交渉そのものがなくなってしまうおそれも考えられます。
未払残業代、退職金積立の不足、債務保証、係争中のトラブルなどがある場合には、事前に調査して、可能な限り解消しておきましょう。
もし解消が難しい場合は、正直に開示して説明責任を果たすことで、買い手との信頼関係を維持しつつ、条件交渉を行うようにしましょう。
2-4.強みの可視化(知的財産・顧客基盤)
決算書の数字に表れない「強み」を買い手に認識させることも、高く売却するためには欠かせません。
特に、独自の技術、特許、ブランド、安定した顧客基盤、優秀な人材がいる場合などは、将来の収益性の面から高く評価されます。
これらを客観的に証明するためには「なぜ自社が市場で選ばれているのか」という論理的な根拠(バリュードライバー)を提示するといいでしょう。
例えば、取引先ごとの売上継続率や主要な技術スタッフのスキルマップなどが有効です。
自社の強みを「見える化」し、買い手に買収後のシナジーを具体的にイメージさせ、買い手の投資意欲を高めることを意識しましょう。
2-5.優秀なM&Aアドバイザーを選ぶ
会社を高く売るためには、企業価値を高める施策と並行して、その価値を最大化できる「伝え手」を選ぶことも重要です。
優秀なM&Aアドバイザーは、業界の事業内容を深く理解し、売り手にとって適切な買い手を探すネットワークを持っています。
また、M&Aアドバイザーには、単に売り手と買い手をマッチングするだけでなく、企業価値の算定根拠を論理的に説明し、価格交渉を有利に進めるスキルが求められます。
自社に最適なM&Aアドバイザーを選ぶことで、決算書では現れない価値を正しく評価してもらうことができ、大きなシナジーを見込める相手と出会う確率が高まるでしょう。
2-6.複数の買い手候補と交渉する
M&Aでは、特定の1社とだけ交渉を進めるよりも、複数の候補者と並行して交渉を行うほうが会社の価格の向上に繋がります。
これは競争意識を持たせることで、より良い条件を引き出す手法です。
複数の買い手が競合する場合、各社は自社との相乗効果を最大限に見込み、高い買収プレミアムを提示する動機が生じます。
幅広い選択肢から最適な相手を選び抜く姿勢が、企業価値の最大化に繋がるでしょう。
準備期間別・売却に向けたロードマップ
企業価値を高め、希望条件での売却を実現するためには、売却に向けた準備が必要です。
ここでは、売却予定の3年前から始める具体的なロードマップを紹介します。
3-1.売却3年前〜【土台作りと磨き上げ】
3年前の段階では、まず自社の現状を客観的に把握することから始めましょう。
この時期は、「企業価値を下げるリスクの排除」と「収益基盤の強化」が中心になります。
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【取り組むこと】
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3-2.売却1年前〜【準備の本格化と買い手探し】
売却の1年前には、具体的なM&Aの手続きに向けた準備を本格化させましょう。
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【取り組むこと】
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3-3.売却直前【交渉と最終合意】
売却直前の数ヶ月は、候補者との直接的な交渉と契約の詰めが行われる、最も緊迫した時期です。
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【取り組むこと】
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税理士法人オンデックでは、創業期・成長期・安定期・出口を考えた時、全てのステージで目標に応じた企業価値最大化支援を行っております。
M&Aによる第三者への売却を行う場合においても、万全のサポート体制で応援いたします。
価値を下げる「隠れリスク」について
M&Aの準備を怠ってしまうと、一見順調に見える会社でも、交渉の最終段階で評価額を大幅に下げられる「隠れリスク」が表面化することがあります。
4-1.法務・労務リスク
法務・労務リスクは、問題になることが多い隠れリスクです。
特に注意が必要なのが「未払残業代」と「未加入の社会保険」です。
中小企業では慣習的に許容されていた場合であっても、M&Aの買い手(特にコンプライアンスが厳しい上場企業など)にとっては、これらは承継後の法的リスクとして厳格に取り扱われます。
中には、買収後に数年分を遡って請求された場合の損害額を計算され、その分がそのまま譲渡価格からマイナスされるケースも少なくありません。
また、就業規則が古いまま放置されていたり、重要な取引先との契約書に「株主が変わる場合に解約できる(チェンジ・オブ・コントロール条項)」といった条項が含まれていたりする場合も、事業継続性の観点からリスクになるでしょう。
4-2.株主構成の複雑さ
「名義株」の存在や親族・知人に分散した少数株主がいる場合には、M&Aのスムーズな進行を妨げる要因となるため、隠れたリスクになるでしょう。
M&Aで株式を譲渡する場合、原則として発行済み株式の100%を売り渡すことが求められますが、所在不明の株主や反対する株主がいると、買い手は買収後のトラブルを恐れて手を引きかねません。
売却を検討し始めたら、早い段階で株式を集約し「意思決定の権限を整理しておくこと」が必要不可欠です。
「高く売る」ことにこだわりすぎた失敗例
M&Aでは、価格を上げたいと願うのは経営者にとって当然のことですが、過度な期待や情報の取り扱いのミスが、結果としてM&Aそのものを失敗させてしまうことがあります。
5-1.希望価格が高すぎて破談になる
自社の実力(正常収益力)や市場相場から大きくかけ離れた価格に固執しすぎると、交渉はうまくいきません。
買い手は財務デューデリジェンスなどを通じて、冷静に対象会社の価値を算出するため、理論的根拠のない高額な希望価格を提示し続けると、有力な買い手候補がすべて離脱し、最終的に売却のタイミングを逃してしまうこともあります。
買い叩かれないように適正な評価を得る努力は必要ですが「相場観を理解した上での現実的な価格」を見極める柔軟性も重要です。
5-2.時間がかかったことにより、情報漏洩による従業員の離反
価格交渉が難航し、売却期間が想定以上に長引くと、社内で「身売りするらしい」という噂が広がるリスクが高まります。
M&Aの情報漏洩は、従業員に将来への不安を抱かせ、優秀な人材の離職や組織の弱体化を招く致命的な事態になってしまうこともあります。
もし、買収前に重要な人材が流出してしまえば、当然ながら企業価値は下がり、当初の希望価格での成約は難しくなります。
機密保持(NDA)の徹底と「適切なスピード感での成約」は、企業価値を保つために必要不可欠な戦略と言えるでしょう。
まとめ
会社を高く売る、すなわち企業価値を最大化させるための戦略は、一朝一夕で成し遂げられるものではありません。
売却予定の少なくとも3年前から、決算書の適正化や組織体制の整備に着手することが、成功への最も確実な方法です。
また、M&Aは高度に専門的な法務、税務、財務の知識が必要です。
自社だけで準備を進めるのではなく、早い段階で信頼できる税理士やM&Aアドバイザーといった専門家と連携して計画的に進めていきましょう。
税理士法人オンデックでは、経営者の皆様が大切に育ててこられた会社の価値を正当に評価し、最大化するための支援を行っております。
将来的に会社の売却を検討されている場合は、まずは一度、当法人までご相談ください。